最後の瞬間まで、きみと笑っていたいから。
お母さんは講演活動などで日本全国を渡り歩く売れっ子の料理研究家で、今日は関西に行っている。
お父さんが死んでから、お母さんの生きがいは私が医者になること、ただひとつになった。
そのためにならなんだってすると話すお母さんのことは、ちょっと苦手だったりする。
けれどそれを私は、黙って受け入れている。反抗することなんて、出来なくて。
いきなり、テーブルの上に置いていたスマホがガタガタと震える。お母さんだ。
【雨美花(あみか)?】
壁の時計を見上げると、夜の9時。いつもならこちらに戻ってくる新幹線の中のはず。
だけど電話の向こうからは、ワァワァと人の声がする。どうやら駅にいるみたいだ。
「お母さん、どうしたの?」
【この雨で新幹線の運行がとまってしまったの。次が出なくって……帰るのは明日になりそうよ】
「そうなんだ……」
お母さんがいない。
その言葉に一瞬胸が弾んだ。ホッとした。
だけどお母さんの不在を喜ぶなんてと、すぐに後ろめたくなって、ごまかすように明るい声を出す。
「私はひとりでも大丈夫だよ」