だから私は、明日のきみを描く
「あ、授業始まる前に、トイレ行っとこう」


遥に誘われて、私も席を立つ。

廊下に出てトイレに向かう途中で、私の目は一点に吸い寄せられた。


彼方くんだ。

A組の教室のほうからこちらへと歩いてくる。


英語の授業のために教室移動をしてきたのだ。


私は思わず視線を逸らし、彼から顔が見えないように俯いた。

髪がずいぶん伸びてきたので、斜め下を向いてしまえば、たぶん顔は全く見えないはずだ。

見えない、はずなのに。


「あっ、遠子ちゃん」


どうして気づいてしまうの。

私は唇を噛んだ。


隣を歩く遥が「え」と小さく声をあげたのが聞こえた。

息が苦しくなる。


なんとかこのまま状況が流れてほしくて、私は聞こえなかったふりをすることにした。

彼方くんの声はそれほど大きくなくて、思わず声に出してしまった、という感じだったので、反応しなくても不自然ではない気がした。


「彼方くん」


遥が呟いた。

そのまま手を振るような気配がする。


「あ、遥ちゃんだ。久しぶり」


彼方くんの人懐っこい声が聞こえてきた。


「久しぶり。彼方くん、夏休みどうだった?」

「いやー、部活で毎日学校来てたから、夏休みって感じしなかったな。遥ちゃんはちゃんと夏満喫した?」

「うん、まあまあかな」


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