王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
第四章 火竜と妖精
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「これはいったいどういうことなの、マクシム」
ラナは硬くて乗り心地の悪い座席の上で馬車に揺られ、両手と両足を目の粗いロープで縛られている。
彼女の正面には真紅のターバンを被った得意顔のマクシムと、何事もなかったかのようにケロリとしているシェノールがいた。
「びっくりしただろ? あれはさ、皇帝様が前金としてくれた珍しい薬のうちのひとつなんだ。一粒飲むだけでみるみるうちに具合が悪くなって仮死状態になるんだけど、すぐに治っちまうんだって。実際シェノールが倒れたときは、マジかと思って俺も驚いたよ」
「そんなことを聞いているのではないわ!」
ラナは憤慨して頬を膨らませていた。
シェノールは普通の王女らしからぬラナの様子に驚いている。
隣で必死に気丈を装って恐怖に震えている侍女のほうが、よっぽど令嬢らしかった。
彼らの馬車は利用者の少ないセレナ街道を通り、ひと晩かけてバルバーニ帝国を目指す。
一本しか道はなく、逃げも隠れもできない街道だが、ナバ王国の兵士たちが追いついてくる前に国境さえ越えてしまえば取引は成立だ。
それ以降はバルバーニの戦士たちが王女を運送することになっている。
本来ラクダで移動をしているマクシムの隊商が使用している馬車は帝国から預かったもので、今はその上にオオカミと十字の描かれた彼らの赤い軍旗を掲げているから、これがバルバーニ軍への目印となることだろう。
「ナバの前にしばらくバルバーニに滞在したとき、あちらの皇帝様が俺たちの商売を評価してくれたんだ。金を積まれれば必ずそれに見合った成果を出す、ってね。そういうわけで、王女様を売ってくれって依頼を受けたのさ」
「それで私を攫って売り渡すのね」
ラナは悔しくなって奥歯を噛み締めた。