王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
バルバーニとの国境付近に到着したのは、まだ闇も深まらぬ夜の入り口の頃だった。
街道を通る者は他におらず、隣国との境では赤いチュニックに黒のブリーチズという軍服姿の男たちが一行を待ち構えている。
バルバーニは国境に戦士を常駐させているのだ。
彼らの傍らには赤い軍旗がはためいている。
馬車の中で両手足の拘束を解かれたラナは、キティに代筆してもらった手紙の最後に自分の筆跡でサインをし、親指に傷を作って血判を押した。
この書簡の信憑性を判断すべく者が見れば、必ずラナの意思に基づくものだとわかってくれるだろう。
それから隊商の馬車を降りると、キティに自分が着ていたネズミ色のマントを被せ、一度だけ彼女を抱擁した。
「ではキティ、手紙を頼むわね。道中気をつけて」
「はい、ラナ様。必ずや、殿下にラナ様のお気持ちをお届けします。どうかそれまでご無事でいらしてください」
キティは涙をこらえて頷く。
王女に託された手紙を胸に抱え、唇を噛み締めて手にぎゅっと力を込めた。
彼女に力があるのなら、このような決意を抱えたラナをひとりで敵国へなど行かせはしないのに。
けれど今、この事態をどうにか打破できるのはナバの王太子だけだ。
ラナの気持ちを受け取ったエドワードが、そう易々とこれを見過ごすはずもない。
必ずや王女を取り戻してくれると信じている。
それだからキティは、気丈なラナに未練は見せず、一刻も早く王都へ戻ろうと彼女の主君に背を向けたのだった。
そこからひとりになったラナは、先ほどまでよりは随分と快適な馬車に移された。
王女への気遣いというにはかなり申し訳程度ではあったが、座席にはクッションも敷かれている。