王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
洞窟は随分と奥行きがあるようだったけれど、ラナは太陽の光が届くギリギリのところで留まり、腰を下ろして膝を抱えた。
日陰にいれば気温は適度に温かく感じられたし、時折吹く風が頬に気持ちいい。
肩にかけた古い布を胸の前でぎゅっと引き合わせる。
昨夜ラナが着せられた純白のレースの衣はとっくに土や埃にまみれ、裾のほうは糸がほつれて破けているところもあった。
ラナは両膝の頭に額をつけ、小さく丸まって目を閉じた。
バルバーニへ連れてこられてからというもの、一度もまともに眠れていなかったし、食事も喉を通らなかった。
(あとどれくらいがんばったら、エドワード様に会えるんだろう)
自分が思っているよりも肉体的な疲労が頂点に近づいていたようで、ラナはそこで急激な睡魔に意識を奪われそうになる。
壁が人の目を避け、風は静かに上空を通り、強引な求婚者に追われるラナを峡谷が隠してやっているかのようだった。
彼女がほとんど眠りの誘いを受け入れかけたとき、洞窟の奥の暗闇の中でなにかがひっそりと動いた。
それは素早くラナの背後に迫ると、彼女を背中から抱き込み、闇の中に引きずり込む。
ラナはびっくりして瞼を上げ、拘束から逃れようと全力で身をよじった。
「急に兵士の数が増えたと思ったら、原因はお前か!」
耳元で響いた声が彼女の抵抗を止める。
ラナがぽかんと口を開けたまま固まっていると、彼のほうが焦れったくなってしまったので、その人は大きな手のひらで王女をくるりと振り向かせた。
ラナは呆然として瞬きを繰り返す。
彼女が捕らわれたのは、なによりも望んだ男の腕の中だ。
薄暗い洞窟の中で、宝石のように光る翡翠色の瞳がラナを見つめている。