王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
彼女はこれまで、生まれ育った国から一歩も外に出たことがなかった。
他国との国交を持たない海国スタニスラバ王室の末娘が異国の王子と婚約を結ぶという異例の事態のおかげで、憧れていた初めての航海を経験している。
好奇心旺盛な彼女が少しくらいはしゃぎたくなるのも、大目に見て欲しいものだ。
「あの大陸に、私の夫になる人がいるのね」
丸くて青い底のない海のような瞳をきらめかせ、ラナはまだ顔も知らない婚約者を思う。
王族に生まれついたからには、恋愛なんておとぎ話のようなもの。
年頃になれば父親の決めた相手と政略結婚をするのだろうということは、自分が王家の娘であるという事実と同じように、当然のこととして受け止めていた。
この結婚も例に違わず、両国の同盟を完成させるための最後のピースである。
おとぎ話とは違って、実際の王子様とお姫様の結婚は、とっても現実的なのだ。
「ねえヴィート、王太子殿下はどんなお方だと思う?」
「国民人気の高い紳士だとうかがっております。10代の頃は、騎士としても随分ご活躍されたそうで。きっと、強くて心優しい殿方でしょう」
口では褒めておきながら、ヴィートの声には悲壮感がたっぷりと滲んでいた。
なにしろ彼女は、国の誰もが足を踏み入れたことのない未知の大陸に嫁ぐのである。
この事態を愉快に思っているのは当の本人であるラナくらいのもので、見送りのパレードだって葬送行進かなにかのように沈痛だった。
(結婚をするだけよ。死地に赴くわけではないのに)
ヴィートが波音に紛れて鼻をすするのを、ラナは半ば呆れながら聞いていた。