王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
彼女はまだ身近な者の死を知らない。
7歳で母を亡くし、17歳で友を亡くしたエドワードの気持ちは、彼女にはとても測りきれなかった。
「ええ。お名前はたしか、ハサン殿と。そのときの戦いで、ライアン様は左目の下に傷を負われて……」
家庭教師が言いかけたとき、授業後のふたりの終わらない雑談を遮るように、ラナの部屋のドアがノックもなしに音を立てて開かれた。
「失礼。勉強熱心はけっこうだが、そろそろ俺の姫君を返してくれるかな」
腕組みをして入り口に立っているのは、濃紺のジレだけを羽織ったエドワードだ。
王城の家庭教師が荷物をまとめて部屋を後にすると、彼はラナの手を取り、バルコニーの窓辺に置かれた日当たりのいいソファに彼女を座らせた。
「殿下、会談はもう終えられたのですか?」
ラナは隣に腰掛けたエドワードに訊ねる。
彼は今日、朝から国王陛下やデイジーも含め、キャンベル辺境伯との会談を持っていたはずだ。
王女であるラナには決して知らされるようなことではないけれど、エドワードが今取り組んでいる問題がなんなのか、話し合いを共有できる立場にいるデイジーがどのように彼とやり取りを交わしているのか、気にならないわけはなかった。
「ああ。そのことできみに話があってきた」
「私に?」
そう言われて、ラナの心は少なからず踊った。
彼女もわずかながら仲間に入れてもらえるような気がしたからだ。
「明日、キャンベル辺境伯が王都を出立する。急だが、俺たちも一緒についていくことになった」
ラナはエドワードの翡翠色の双眸を見つめ、微かに頬を綻ばせた。