王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
彼の声の響きだけで、敏いラナにはわかってしまった。
10年前の因縁とは十中八九、カルダ山の戦いのことであろう。
ラナの知らないエドワードの過去。
彼女には触れることができない痛み。
彼の消えない傷跡。
そこにもデイジーがいるのだ。
エドワードが辿った道にも、これから行く先にも、共にいるのはデイジーではないか。
「ハサンという名のご友人とキャンベルの件は、なにか関係があるのですか」
それでもまだ気丈を装っているラナの問いかけに、エドワードは驚いて眉を上げた。
ラナはもう、自分がなにを聞きたいのか、彼になんと言ってもらえれば満足なのか、彼女自身が求めるものさえはっきりとわからなくなってしまった。
「誰に聞いた? きみはあいつのことを知っているのか?」
エドワードは警戒したように眉間に皺を寄せる。
ラナが冷静に考えられていたら、突然亡き友人のことを持ち出されたエドワードの反応は、ごく自然なものであったと思えただろう。
しかし今の彼女には、それが不快さと拒絶の表れに思えた。
「デイジー様は、彼のことをご存知なのですか」
ラナは必死で訊ねる。
ここへきて初めて婚約者の口からデイジーの名を聞いたエドワードには、まったく話が読めなかった。
ただエドワードは、彼の与り知らぬところで王太子の想い人を決め合ったり、勝手にそれを真に受けて彼の前で涙を振りかざしたりする娘たちが、あまり好きではない。
決してラナをその娘たちと同じに扱いたいわけではなかったのに、応える声は彼が思ったよりも辛辣な響きを含んでいた。
エドワードはふと視線を逸らして皮肉っぽく言う。
「ああ。たしかに、きみよりはずっとよく知っているだろうな」
これにはさすがにラナの仮面も保たなかった。