呆れるほど恋してる。
家に帰って本屋で買ってきたマーケティングの本を開く。
合計三千四百五十四円。
二冊だけだ。
コーヒーを淹れてベッドに寄りかかりながら本を読み進めていくが、何も頭に入ってこない。
「あー、どうしよ!どうしよ!!どうしよう!!!」
本を抱きしめながら、叫ぶ。
近所迷惑?
知るか!んなもん!
先週まで普通の店長だったのに。
プレッシャーに弱すぎる。
本日何度目かのため息か分からない。
本を読んではため息をつくという行為を繰り返して三十分。
そろそろ時間の無駄なんじゃないかと思い始めた頃、スマートフォンが電話を告げる画面に切り替わった。
「もしもし?」
電話に出て返事をする。
「あ、先輩!今暇ですか?」
友香が明るい声で言う。
「勉強中」
「三山さんとコラボするんですよね!大手柄!」
「情報早いね」
苦笑しながら、せりは言った。
「おそらく困っているであろう先輩に朗報です」
「なんでしょう……」
「今、私は誰と飲んでいるでしょう?」
電話越しにニヤニヤしているのがわかる。
まさか、いや、まさか。
「せりちゃーん!おーいーでー!」
酔っ払った三山幸平だ。
どんだけ仲良しだ、あんたら。
いや、LINEして飲みに誘われている私も充分仲良しなんじゃないかと思う。
「いや、私は……」
勉強がと言葉を続けようとすると「本当、派手そうな顔してガリ勉気取るのはやめなさい。つまんない人間になるわよ」と言葉を遮られた。
つ、つまんない人間とは……。
そんな風に思われていたのか。
傷ついているせりに三山はおかまいなしだ。
「で、住所を教えないさよ。迎えを送るから」
「い、いえ!自分で行きます!」
「恵比寿のオーディンってバーで飲んでるから!」
「……三十分くらいかかりますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫!大丈夫!私たちが先に帰っても、待ってる男は絶対にいるだろうから」
ケラケラと笑う三山に「やだー!三山さーん」と友香がふざけている。
行く意味あるのだろうか。
疑心暗鬼になりながらもせりは「今からでます」と言い電話を切った。
どうせ家にいてもむしゃくしゃするだけだ。
悩みの張本人が来いと言うのであれば行くしかない。
化粧落としてなくてよかった。
せりはヌードベージュのリップと先ほどまで読んでいたマーケティングの本を鞄の中にしまうと部屋を出た。