呆れるほど恋してる。
引き継ぎ期間は非常に忙しい。
まずは、三山の会社の人間達と午前中は打ち合わせ。
そして午後はお店に走って、接客をしながら新しい店長になる女の子に引き継ぎをしていく。
正直、考える余裕はなかった。
新しい店舗の店長という立場だけでなく、新しい空間をクリエイターたちと作り出し、セリーヌ・ヴィーナスの新しい顔となるブランドを展開しなくてはならない。
広報部門の人や、企画部の人も一緒に考えてはくれるけれどもなぜか三山は「川村さんが店長をやるのよね?現場のあなたの意見をしっかり頂戴」と厳しい指摘をたくさんする。
考える余裕のないところに、しっかりと考えを求めらえる。
知り合いだから。
一緒に飲んだことがあるから。
そんなことは関係ない。
プロとしての意見を求められる。
お客が本当に喜ぶ案は?
女の子が喜ぶものって何?
せりが言葉に詰まる事に、高田さんは大きなため息を隠さなくなった。
せりが思っている以上に、しんどい日々が続いた。
「店長痩せました?」
店の休憩室で休んでいるせりに、真紀が机の上に差し入れのコーヒーを置いて心配そうな表情を浮かべていた。
「ありがとう……」
さすがに三食抜いたのはきつかったか。
健康管理もしっかりとしないと、社会人として失格だ。
「さすがに心配になってきました。ご飯とか食べてます?」
痛いところを突かれて、口を噤む。
「……」
「はい、店長。今日帰り一緒にご飯ですね」
「でも……やることが……」
「そんなの知りません!健康第一ですって私が新人の頃、店長が言ってたんですよ?」
鍋とパスタどっちがいいですか?
強い口調で言われ「鍋」と弱々しく答える。
「じゃあ、帰り行きましょう」
混んでくる時間なので行きますね。と真紀は店の表に戻っていく。
ため息をつきながら、スマートフォンを開くと順から「無理はしないで。仕事がんばってね」と気遣ったLINEが入っていた。
「……」
見なかったことにして(既読はついてしまったけれど)せりは鞄の中に、それをしまう。
今はそんなことを考えている余裕はない。
しっかり働かないと。
真紀からもらったコーヒーを一気に飲んで気合いを入れ直し、せりは休憩室を後にした。