呆れるほど恋してる。


今朝のニュースで順がカメラマンをしていることを知った。


テレビに流れる順の名前。


有名な女優の写真集から、アートな作品まで様々だ。


どうして手放してから、情報がこんなにも入ってくるのだろうか。


有名なフリーカメラマン、フランスの大きなイベントで日本人初の大抜擢。


そんな文字が画面で踊る。


淹れたコーヒーはすっかり冷めた。


もう二度と顔を合わせることはないと思っていた男が、画面越しで柔らかい笑みを作っている。


せりの知っている声が、機械を通して彼女の耳に届く。


聞きたかった声。


手放した男の声。


これも彼を大事に出来なかった罰なのだろうか。


テレビの電源を切って、会社に向かう準備を始める。


スマートフォンのアラームをセットしなおして、時間が身体と心にわかるようにする。


あふれだしそうな涙を流すのは、帰宅してからにしよう。


今日は、店舗の内装を手伝う日だ。


クライアントの前で、みっともない表情で行くことは出来ない。


昨夜塗りなおしたDiorのピンクのマニキュアは、韓国の有名動画サイトのメイクアップアーティストが塗っていた色と全く同じだ。


上から銀色のラメを重ねたかったが、しつこいように思えたのでやめた。


数年前にボーナスで買ったピアスを耳に飾り付け、巻いた髪の毛は女の戦闘するさいの武器だ。


お直ししたハイヒールを履いて。


テレビの男の存在は、なかったことにしたい。


帰宅したら、泣いてもいいよ。


自分にそう言い聞かせて。


今日も、仕事に向かっていく。



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