エメラルド・エンゲージ〜罪の葉陰〜
治癒をするときはそのことだけに集中しなければいけないのに、頭の片隅にある黒いシミが、精神統一の邪魔をする。
治癒のときだけじゃない。
誰といる時も、何をしていても、眠る間も、目覚める瞬間も。
黒いシミは片時も私から離れない。
拭き取っても拭き取っても、シミは―――「あの日」の記憶は、ドロリと湧き出て心を黒く染めていく。
あの日の……アラキさんとのこと。
私の身に起きた、おぞましい出来事。
忘れようと思うたびに逆に思い出す、身体を這い回る手と舌の感触。
欲望を隠さないケダモノの目。
私を貫こうとした牙の、脈打つような熱さ―――。
思い出すたびゾッとして、おそろしくて、どうしようもなく悔しくて……。
そして、あの人のことを信じていた自分がかわいそうで、情けなくて。
いろんな感情がぐちゃぐちゃにあふれ出して、苦しくてたまらなくなる。
あのときのことだけじゃなく、私の過去のすべての記憶からあの男の存在が消えてくれればいいのに。
そんな有り得ないことを、心の底から願ってしまう。
だけど……私が苦しい一番の原因は、たぶん、アラキさんに裏切られて欲望を向けられたことじゃない。
私の心に黒いシミが広がり続ける、本当の原因は―――。