さくらの空
「バイオリン??」

箱から取り出したのはごく普通のバイオリンだった。

「そうですよ。」

「へー、弾けるの?」

「そりゃ、まぁ・・・一応幼稚園の頃から習ってましたからね。高校のときまでコンクールとかも出てたし。」


意外だ。こいつにそんな過去があったとは。

といっても過去とか聞いたこともないしな。

俺もずっとピアノをやっていたし似たようなものか。一人納得してみる。


「せっかくだしなんか弾いてみろよ。」

「えーなんか恥ずかしいんですけど。それに最近弾いてないし。」

「大丈夫大丈夫。俺バイオリンよくわかんないから。」

「しょうがないですね。少しだけですよ。」

そういうとすっと立ち上がった。

その瞬間に千秋に何かが取り憑いたような錯覚をおぼえた。

その凛とした姿に思わずこっちの姿勢まで正しくなってしまう。


「じゃあ分かりやすそうなところで」


一呼吸置いて弦に弓が触れる。




その刹那、部屋が弦の音色で支配された。

千秋の指が軽やかなメロディーを紡ぎ出し、旋律を奏でる。

優しさのなかに力強さを秘め、だけどもどこかはかなげな音色は全てを包み込み、俺は音の海に飲み込まれていった。
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