好きになるまで待ってなんていられない
−珈琲−


「入ってくれ」

…でも。

「とにかく、さあ」


階段を下りたところでフェンスの前に立って居た。
男は軽々とフェンスを跨ぐと私をいきなり抱え上げた。

ッ、キ。

「おっと、悲鳴は勘弁してくれ」

フェンスを越えさせストンと降ろされた。あ。

「待ってて」

男が鍵を開けた。

「そのまま、靴のままで大丈夫だから入って」

…。だけど。

「入って」

…。

男も馬鹿じゃ無いだろう。自分が破滅するような事はしないだろう。
開業したばかりだ。
まして、私のような者に、何かする事も無いだろう。
そんな事、男のプライドに関わるだろう。


パチ、パチっと明かりを点けた。
受付のある辺りと、玄関の待合所の明かりが点いた。

「あの椅子に座ってて」

取り敢えず、言われた通り中に入り、長椅子に腰を下ろす事にした。

あ、私、明るいところでは…。泣いて擦ったから、どんな顔になってるのか解らないのに。
気になると少し俯き加減になった。

「はい。缶コーヒーは大丈夫?ブラックだけど」

あ、えっ。
コーヒーを渡された。

「大丈夫です。…有難うございます」

…。

「あぁ、ごめん。貸して?」

え?
カチっと開けて渡してくれた。

「女の人は、開けづらいって人、居るから。はい」

ああ、爪の事ね。
マニキュア、つけ爪とか、デコってると、取れたり折れたり…剥がれたりするから。
私は何も…大丈夫なんだけど。
開けて渡さないと、飲み辛いと思ってくれたのかも知れない。

「すみません、有難うございます」

男は少し距離を開け、隣に座るとコーヒーを飲み始めた。
私も何となく口をつけた。

はぁ…。
状況はともかく、ホッとする。

…何だか。
わざわざ建物に入って来て。…何か用でもあるのかな。

「はぁ、コーヒーは何だか、ホッとする」

え?

…。

「そうですね…私もです」
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