好きになるまで待ってなんていられない


社長とは、ずっとこんなに話し込むなんて、した事がなかった。それこそ、社長が思っていたように、話してるイメージがあるだけ。

仕事の事では、聞かなくてもほぼ解るようになっているから聞かないし、それが、頭では、話したつもりになっているのかも知れない。いい距離感のまま、近づき過ぎない。仕事上、それでずっと過ごして来ていたから。
年月が経っても、何も変わった気がしない。大袈裟では無く、出会った頃の年齢の感覚のままだとも言える。

よく見れば、目尻にシワもちらほら、白髪だって、僅かだけど目について来る年齢になり始めてる。それこそ、こんな…月日が経ってから、至近距離で顔を突き合わせているなんて考えられなかった事。

あっ…。…ん。

「ふぅ…大丈夫か」

「ん゙。…はぁ。ぁ、はぁ…大、丈夫…」

「そうか…はぁ。…灯だ、はぁ、…ん、…ん、…灯だ」

顔を包み、身体を包み込む。ん、んん、…んん。
んー、んん。本当に沢山キスをする。

もう、珈琲の味は薄れて来た。香りが僅かにするだけ。甘い…凄く、甘いキス…。
長く…、繋がったまま抱き合っていた。気絶しても抱くぞ、なんて言っては、落ち着くと言葉を交わす。そして、また…。
実際そんな一方的な事はしないと解っている。抱き合う。
今、この時だけは、社長だけを感じて、こうしていたい、そう思った。身体の熱は別として、昔の成就出来なかった気持ちを一区切り、終わらせてあげられた気がした。
あの頃の寂しさ…今、忘れられたかも知れない。

身体の熱は引くだろうか。…引く訳がない、お互いそれは解ってる。熱が増すのは解っている。
近くに社長を感じて、身体に異常を来しているようでは、もう、一緒の職場に勤務する事なんて出来なくなるだろう。仕事にならない従業員はいらないもの…。


「…どうした?」

髪を流すように梳き、額に口づけられた。凄く敏感に心配するのね。

「ぁ、社長…私はどうしたら」

はぁ。存在している事が解らなくなる。いい加減で迷ってばっかりで…ドキドキしてるのにまだ曖昧で…熱に任せ狡い事をした、こんな私は居なくていい。どうしたらいいんだろう。

「どんな事もそうだけど、解らない内は答えを無理に出すな。…慌てなくていい。
その内、どうしようも無くても、答えは自然に見えて来るもんだ。
そんな時は必ず来る。待っていればいい。駄目なら切り捨てればいい。何もかも。傷付く時は誰しも傷付くものだ」

はぁ。そうか…。誰かに言われたら、それでいいような気がする。
狡く、都合よく居てみようかな…。

「自分を粗末にはするなよ?」

「はい…」

「あー、今夜は何作って貰おうかなぁ。手作りハンバーグも最近食って無いんだよな〜」

…。

社長もいつもの社長に戻っている。

「作るのは昨日だけの約束です」

「あれ〜?何があっても、社長と従業員だって言ってたのも、今は違ってますけど?なんだか退っ引きならない関係になっちゃいましたけどぉ?」

…どの口が言ってるのよ…。そっちこそ、しておいて。…こっちもだけど。

「だからって。駄目ですよ」

離婚したからといってズルズルと入り込んだみたいには…なりたくない。

「飢え死にするかも…。孤独死するかも」

チラチラ見てる。社長なんだから、お金持ってるでしょ?コンビニもファミレスもあるでしょ?

「…本当に、もう…。ずっとお世話なんて出来ないでしょ?」

「週末だけってのは?」

それって、それだってズルズルと、気がついたら週末婚になってました、になるんじゃないですか?

「ご飯だけ」

いや、絶対そんな訳にはいかなくなる。今がいい例でしょ?
無理に決まってる。
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