好きになるまで待ってなんていられない
「さっきは脅かせてごめん。悪かったな」
「もう大丈夫ですから。でも本当に…怖かったんです…」
本当は何となく、黒い固まりの正体、初めから解っていたのかも知れない。
「それから、顔の血色の話も」
…顔の話は、いい。
「もういいです。それももう大丈夫ですから」
悔しくて泣いたなんて言わない。…余計悔しいから。素直に謝られると、もう言えない。
「夜、泣いたんだろ?んん、って言うか、俺が泣かしたのか…」
「え」
「少し、腫れてる」
あ、…。
「それに、目も赤い」
…。
この人…。そうだ、そういう人だった…。また観察されちゃったんだ…。
「もう……。見ないでくれますか…」
「そういう訳にはいかないな」
「え?」
…。
「さっき、その音って言っただろ?」
?、その音?…何だっけ。
「俺は平日、まあ、朝から仕事をしている訳で。あんたの居るアパートの人も、朝、出勤して行くだろ?」
まあ、普通そうでしょう。
「男も居れば、女も居る」
はい、そうでしょう。
「カツカツ、コツコツ、駆け降りて来るんだ、色んな音で」
みんな慌てて出勤するでしょうから、大概そうでしょう。…音?
「ある時、昼過ぎに、コツン、コツン、って、一歩一歩確かめるように下りて来る音がしたんだ」
それは…きっと私だ。
「それと、夕方も、コツン、コツン、って歩く音。もっと言えば、カツン、カツンって時もあるけど」
…。
ヒールの高さや材質で微妙に違うのは違う。
歩く時は歩幅が広いから、音の間隔が空くのはそのせいだ。
「一度確かめて見ようと思った」
「え?」
どうして。
「コツン、コツン、の音の主」
…。そんな…。一体何の為に。
「音が聞こえ始めてから外に出たって充分間に合った」
まあ、そうでしょうね。