好きになるまで待ってなんていられない
で、なんでこんな話を私に?…。
「俺の言った事、合ってるだろ?」
「え?」
「荷物を同じ方で持つ、同じ脚でばっかり脚を組む」
「はい、まあ、合ってます」
「身体の歪みって、一度矯正したからっていいってもんじゃないんだ。良くなったとしても、また同じ事を繰り返したら、また元に戻ってしまう」
確かに、ね。
「自分でも気に掛けてないと無駄なんだ。
だから、あんたの右肩の下がりと骨盤の歪み。気になったから、戻してやりたいと思った。
…俺が悪いんだけど、がっつり、避けられ始めた」
…それに関しては何も言えない。おっしゃる通り、避けてるから。
「無料って言ったのが気になるなら、別に有料でもいいけど…。
骨盤は治しておいた方がいい。女…女性は辛くても我慢してヒール履くだろ。腰が痛くて庇うように歩くようになると、脚の付け根や膝とか、指とか、余所に負担が掛かるから。
…あんたさ、視力も弱いの?目、細めて見るだろ?」
…。
「あまり掛けたくなくて、…眼鏡」
「ああ、だからか。掛けてた方がいいって言うけど?
回復する訳じゃないけど、目がすっきりするツボもあるんだ。まあ、ツボは専門外にはなるけど」
缶コーヒーを置いた。
私の缶コーヒーも取り上げられ置かれた。…?何が始まるの…。
「…ここ。疲れたなと思ったら軽く押すといい」
あ。いきなり目の横を手で包むようにされ、眉と瞼の間、目頭の上辺りを親指で軽く圧しては離された。
「…酷使した時、こうしてやると視界が晴れたようになるから」
あ、…。完全なるフェチの世界だ。
煙草の匂い。大きな手。低い声。喉仏。そして、コーヒーの香りのする息。
全てが好きなモノだらけ。
途中から瞼を閉じていて良かった。
有り得ないくらい、うっとりしていた事だろうから。
…いけない。
整体師だとは言え、まだよく知らない男に。
危なく現を抜かすところだった。
「…こんなもんかな。簡単だ。自分でも覚えたら出来る。だけどあまり強く圧すなよ?今みたいに軽くだ。
いいぞ、眼を開けて」
ゆっくり瞼を開けた。
…ドキッ。
男の顔はまだそこにあった。手もまだそのままだった。
近いから…、視界がクリアになったから、よく見えてしまった。
………ドキドキが加速し始めた。