好きになるまで待ってなんていられない


同じ区内だと思う。
私の行動範囲は広く無いから、ここがどこか地名までは解らないけど。

ここら辺は住宅街だ。
大きくてモダンな一軒家の前で一時停止した。

ここが、この男の家?

格子状のシャッターがゆっくり上がり、駐車場に車を入れた。エンジンが止まった。

「歩くか?」

「え?」

「自分で歩くかと聞いた」

…歩くも何も、何で勝手に連れて来られて言うことまで聞かないといけないんだろ。

「俺が連れて行こうか?」

…何一つ解らず、抱き上げられて運ばれる事の意味も解らない。

「靴、ください」

「ん」

男が先に降りた。
え?

「中で渡して履かれて、走られないとも限らないからな」

…。

流石にしないけど…周到なんだ。ここまでの道筋は記憶したけど。
ドアを開けられた。
あ、…。いきなり足を掴まれた。片足ずつ足を入れ紐を結んでいる。
こんな事…。

「ほら、出来たぞ」

乱暴なくせに、こんな事をする。

「整体に来たばあさんにも靴履かせるからな」

…。

はぁ、ばあさんね…。


「心配するな。誰も居ない。俺一人だ」

え?この大きな家に一人?それに聞き捨てならない。…心配するなって、何…。誰も居ないの?

「自分で歩くんだろ?降りろ」

…あ、もう、口だって悪い。

こんなんで仕事出来てるの?そんな訳ないよね。仕事の時は丁寧なのよね。
人相手の仕事なんだから。常識、非常識は知ってるよね。

「エスコートされるのを待ってるのか?それとも…、隙を狙って逃げ出そうと考えてるのか?」

「そんな訳ないでしょ」

考え事をしていると何をされるか解らない。足を揃えて下ろし、立ち上がった。

「フ、まあどっちだっていいけど」


玄関に向かってアプローチを歩き始めていた。

ちょっと…、ついて行くしか無いの?勝手に連れて来られてなんでノコノコついて行かなきゃいけないの。

…立ち止まった。

「ん?おい、何してる。俺から離れてると化け物がついて来るぞ?」

え?そんなの聞いたら…動けない。

「フ。何してる。嘘に決まってるだろうが」

数歩戻って手を掴まれた。
口に煙草をくわえていた。もう吸ってるなんて…いつの間に。煙に顔を歪めていた。

「あんた、怖がりだよな」

ふん…何とでも言って。脅したのはそっちでしょ?
< 29 / 150 >

この作品をシェア

pagetop