好きになるまで待ってなんていられない


こんなので印象付いてしまったら、私だってまた社長の夢を見る恐れがあるじゃない?
ブンブン首を振った。

「灯さん、大丈夫ですか?」

「うん有難う、大丈夫、大丈夫」

「今日は早く帰っちゃえばいいですよ。病み上がりなんですから。今日自体は暇なんですから。
休みの間の書類は、その内、追い付きますよ」

「うん、有難う」

そうよ、元々私のさじ加減でいいって事でもあるんだ。
受けた印象をきれいに消し去ってしまわないと。それが何より優先順位の最優先。



「お先に失礼します」

私の定時、迷わず帰る事にした。

「お、おぉ、お疲れ」

…何が、お、おぉ、よ。ちょっと夢見たくらいで、普通の挨拶にもあからさまに動揺してるんじゃないわよ。この男も大概気が弱いんだから。見た目と違うのはとうにお見通しなんですからね。
そうじゃなきゃ…。ただ愛想の無い、恐い印象だけの男だよ。
そうじゃなきゃ、私と関係を持ったりしない。

何かは具体的に知らないけど、この人に取って凄く弱気な時期だったのかも知れない。
不安とか心配事とか、何があったかは知らないが、幸せそうな家庭持ちの男が、妻以外の女と…そうそうする事ではないと思った。したいだけなら、合法的にしたらいいんだから。…。

寝物語に家庭の幸せを滔々と語るなんて…。

だから何も考えないようにした。
こういう事はしても、家庭は壊さないんだとか、アピールでもしていたのかも知れない。

そんなの…世間ではよくある事でしょ?
だから、熱くなんてならなかった。
ドライな関係でいれば何でも無いと思う事にした。

長くダラダラとした関係でも無かったし、それ程頻繁にした訳じゃなかった。
終わらせても気まずくもならなかった。私は…だから今だって何食わぬ顔で仕事を続けている。

だけど…。私を女にしたのはこの男だ。
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