好きになるまで待ってなんていられない
仕事が終わると私の部屋を訪ねて来る。
私が帰ってから、1時間も2時間も後になってからの事。
暗闇の中、階段を上がり、鍵の開いているドアを静かに開け、閉じると鍵を掛ける。
真っ直ぐ浴室に行き、ボディソープは使わずシャワーを軽く浴びる。
「成美…」
腰にタオルを巻いた状態で出て来ると、ベッドに私を運ぶ。
会社を出て、どこまで来て、どこに車を停めているのか知らない。真っ直ぐ来ているのか、回り道をしながら来ているのか、何も聞かない。知らない。
来る日は比較的早目に仕事を終わらせているようではあった。
長く部屋に居られない事を考えると、遅くなってから来たのでは、出来ない。
平均したある程度の時間に帰宅しないと可笑しいからだ。
当日、取って付けたような接待なんて言葉は、多分、奥さんには通用しないだろう。
この男の奥さんになったのだから、そんな嗅覚は持ち合わせているだろう。
これまで、さして男性経験の無かった私は、社長との行為で変えられた。ただただされる事に翻弄され続けた。この男の名誉の為に、少しだけ擁護するなら、決して変態では無いという事。そんな行為の事では無い。
気持ちだけは冷めた大人だった。
仕方ないけど、される度、想像してしまった。…奥さんとも、こんな風にするんだ。こんな風に抱くんだって。もしくは、私には違う事をしている、触れ方が違うのか…なんて。
帰る時はいつもコーヒーサーバーの珈琲を飲んだ。
多分少ししか注がない。飲み干しカップが空になると、おやすみと言い、微かに珈琲の香りのする口づけを残し、部屋を出て行く。
それは決まり事のように毎回だった。
…どういうつもりでしているのよ。そんな行動しないで…あっさり帰ればいいのに、と思った。
子育ての最中だというのに…。
家に居る時はいい夫、いいお父さんらしい。
こんな事をしている最低な男なのに。私も最低なんだけど。
何だったんだろう。
やっぱり夢を見てしまった。
思い出していた通りの夢に、デジャビュかとさえ思えた。
…息遣い、触れられる手、身体のいたるところに落とされる唇の触れる感触、どれも嫌に生々しい感触を残して…消えない。
夢でもこんなに感じるモノなの?こんな経験がないから、違和感を感じるだけだ。
生き霊なんて事はないわよね…。それもよく解らないけど、本当に存在しているかのような感触…。
不思議なのは、関係があった時の若い社長では無く、今現在の社長だという事。
余計生々しいじゃない…。…求めているの?いや…それはない…でしょ。
…寝ない方がいいくらいだ。…なんて夢だ…。
夢の中にまで会いになんて来ないで欲しい。そんな事、もし言ったら、怒られるのは私の方か…。これは私が見てる夢だから。
こんな夜に一人だなんて。
一人だからこんな夢を…。