好きになるまで待ってなんていられない
「今夜の貴方が幻じゃ無いって、確かめたい。こうして目の前にいる貴方が、本物の、生きてる実体だって感じたいの」
…。
顔を胸に押し付けられるようにして抱きしめられた。
「…はぁ、俺、閉めたっけ、ベランダ…」
「閉めても、聞こえる…」
「は?」
「お隣りさんから…聞こえた事ある。そういうの…冬に」
「…それは、閉めているな」
「うん。ここは、そんなに壁、厚く無いみたいだから」
「…そうだったか。じゃあ、口、塞がないとな…いつも、ずっと…」
ぁ、…。ん、ん。
「…ピリピリする…」
「フ。…そうか?………嫌か?」
ん、ん…煙草の匂いも、…する。少し苦い気もする。
「…1回だけだぞ?」
「…うん」
ギュッとした。…もうルームウェアの裾は捲り上げられ始めていた。
「はぁ…ん…なんて訳には、…いかなくなるな…」
「……う、…ん」
やっぱり起きたら居なかった。よく眠れてしまった…。
昨夜の事は幻かも知れない。
…違う。幻じゃなかった。
まるで私の気持ちに応えるように、凄く沢山翻弄された気がした。
男の人でも、…あいつでも、私の様子に何か感じ取るモノがあったのだろうか。
身体に残る感覚と怠さが、間違いなくあいつと居た事を確信させてくれた。
そして、流しの角に残された、潰されて折れた煙草の吸い殻。…マグカップ。
ねえ、ご飯出来てる、起きて?なんて甘いモノとは程遠い。
今はこれでいいのよね。
何より会いに来てくれた事が嬉しかった。
…身体に触れて欲しかった。
カツン、カツン…。
少し早い時間に出た。求めた事が恥ずかしかったから…避けるつもりで。
顔は見たい、少しでも会いたい、けれど。そこは時と場合が変われば、素直になれない。
煙草の匂いはして来なかった。
カツン。下まで下りた。
あっ。居た…。居るじゃない…もう…。
「驚いたか?いつも通りにしてたら居るってバレるからな」
…私より上手だった。
「…こんにちは」
「はい、こんにちは」
…もう。
少しニヤッとしてるように見えた。
「気をつけて行けよ」
え?
「職場はどこか知らないけど、歩道でも、車とか自転車とか、いつ突っ込んで来るか解らないから、気をつけろよ」
「あ、うん、…有難う。…行ってきます」
「ああ。あぁ、腰、大丈夫か?」
「え゙…。馬鹿…、大丈夫だから…」
「俺、あんたの身体、好きだ」
「ぇ゙え゙!ち、ちょ、ちょっと、昼間っから何言って…もう、馬鹿じゃないの…」
「フ、行ってらっしゃい」
「知らない!…もう、馬鹿」
恥ずかしい。もうー!整体師だから聞いてもいいようなものの。だからって、誤解されそうな言葉…近所に聞こえる…絶対聞こえてる。
それに…何言ってるのよ、もう。…腰とか、身体とか…はぁ。
グキッ、アタッ、…もう、足、捻ったじゃないのよ…。
……身体は好かれたんだ。
「フ、あいつ、面白い女だな…」