好きになるまで待ってなんていられない
「成美、ちょっと」
…人の気も知らないで…簡単に呼ぶ男だ。
こっちはここのところ、貴方の不躾な言葉のせいで、貴方の夢を見てると言うのに。
何だろう。さして用は無いはずなのに。
「は、い」
社長のデスクの横にある簡単な応接セット。申し訳程度の衝立で仕切られている。
「こっちに」
…。
姿を隠す事は出来ても声は周りに洩れる。そんなところで、わざわざ何…。
立ち話ではなんだ、ってくらいの事だろうか。
「立ち話ってのもなんだから、まあ、座れ」
…。
仕事に関してもなんだけど、全てが完璧にという事では無いが、この人の考えている事、言おうとしている言葉とか、よく解る。
書類が置かれていても詳しく聞き返す事は少ない。特別じゃない限り、どうして欲しいか解っているから。
「何でしょうか」
「成美、今、男居るか?」
…デジャビュでしょうか?…では。
「答える必要は無いと思います」
「フッ。そう来ると思った。やっぱりお前は面白い」
はぁ…。で、それで何の用なんでしょう?
「居るのか居ないのか、言え」
はぁあ?
「全然、仕事に関係無いと思いますが?ハラスメント、ですよ、これ」
「ハラスメント?そんな事、気にしてたら聞くか。あー、えっと、何だ、ある。いや、無い。
居ても居なくてもどっちでもいいか…」
は?…なんですって?…。
「いい男が居るんだ。会って見ないか?見合いだ」
「み、お見合い?お見合いですか?いやいや、誰ですか?いや、どうでもいいです。間に合ってます」
指している。は?
その指の先は目の前の男。自分を指していた。
「どうだ、いい男だろ」
「はあ?あの…もう、何の冗談ですか…」
まさか…妙な話になりませんよね?
「冗談では無い。写真は要らないよな?この顔だ。釣書は?要るか?」
…。
「失礼します」
「待て。話がある」
はぁ、私は…無い。
「仕事以外の話なら、もう用はありませんよね?」
「晩飯、食いに行こう」
……。何言ってるの。晩飯、って…。どういう意味。言葉を失うような事、言わないで欲しい。
勘違いして警戒するな、誘いは誘いでも、本当の晩飯の誘いだ、そう小声で言い放たれた。
…。
警戒?“晩ご飯”って言われたら、家で待ってる、そうでしたよね?
思い出しただけです。
…。
「とにかく、今日、飯に行こう。俺が終わるまで残っててくれ」
普通に、ご飯、にしろ、強引なのは変わらない…。こんな事に従う必要は、無い。
解りましたと返事をしておいて、何食わぬ顔で帰ればいいか。
「解りました」
「フ、解りましたは、解りました、だからな。成美の考えている事くらい、俺はお見通しだと思っとけよ?」
…くっそー。
これでは素直に返事をした意味が無い。
逆にしなければ良かったかも。どっちもどうにもならないか…。
「ま、後でな」
何か話は本当にあるという事かな…。