好きになるまで待ってなんていられない


結果として、会社からかなり離れたところに連れて来られた。

無駄な抵抗だとは思ったが、一応定時で、お先に失礼しますと声を掛け、足早に出た。
出たところで、直ぐに後ろから拉致られたのである。

「どこへ行く。だから成美のしようとしてる事は解るって言っただろうが」

「私も、…こうやって簡単に捕まるとは思ってましたけど」

「フ」

「いいんですか?社長がこんなに早く帰って」

「指示はとうにしてある。今日早く帰る事は予め言ってある」

…そうでしたか。

「何が食べたい?」

そんな事、聞かれた事も無かった。

「お家ご飯、食べなくていいんですか?今からなら余裕で一緒に食べられるんじゃないですか?」

「…ああ、いいんだ」

ん?…何だか…家庭環境に変化でもあったのかな。

「少し適当に走る。まだ早いからいいよな」

ドライブですか…別に…もう掴まれてしっかり捕獲された状態ではどうする事も出来ない。

会社から少し離れた契約してある駐車場。ドアを開けられ車に乗せられていた。車、初めて乗る。

「離婚、するんだ」

…いきなり、重量級の発言。聞かされても、聞き返す程の気持ちにはならなかった。表情はどうなっているのか解らないけど。
今更…それで何がどうなるって訳でもない。過去に戻って独身になる訳ではないもの。第一、過去には戻れない。

車はゆっくりとバックすると一旦停まった。
前向きに入れていたのは、日中の強い日差しを避ける為だろう。

「成美…、男、居るだろ」

また確認?居るというのは、どういう意味に捉えたらいいんだろう。右側から凄く視線を感じる。

「お前、最近、顔色がいい」

…。どいつもこいつも、人の顔…。勝手に観察してるんじゃないわよ。だったら…何も答えなくても勝手に判断するだろう。

「…変態」

文句が口をついて出ていた。
え?シフトをDに入れると右手を握られた。透かさず手を引こうとしたが間に合わなかった。

「社長、何して…」

「こんなとこ、従業員に見られたらまずいな」

…だったらしなければいい。乗せなければいい。ご飯に誘わなければいいでしょ…。

手はしっかりと握られたまま、ハンドルを切り車を発進させた。
…もう、別に逃げたりしないのに。


夕方の道は混み始めていた。
どちらの家の方角でもない。空いた道を選んで走っている。
どんなに沈黙しても、私から話し掛ける事は何も無い。だから構わないし、平気だった。
この人と沈黙の中居る事には慣れている。
堪えられなくなったのは社長だろう。

「成美、緊張する」

は?

「いつもみたいに話してくれ」

はぁ…何を言ってるんだか。そっちこそ、この手を離せっていうのよ。

「別にいつも何も話してませんけど?」

「そうだっけ?」

「そうですよ。事務所に一緒に居る事は多くても、いつもそんなに話してないじゃないですか。ほぼ沈黙ですよ?」

「そうだっけ?何だか居心地がいいから、いつも沢山話してる気がしたけどな」

…知りませんよ、貴方の感情なんか。必要以上の事は本当に話さないじゃないですか。それも、もの凄く大事削ぎ落した言葉でだけ。

この人、本当に同じ人だろうか。顔は同じで違う人なのかも知れない。
それほど普段と違うという事なのね。

この繋いだ手は…もしかして不安から?何か考えているの?
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