好きになるまで待ってなんていられない


テーブルの近くを小さい子供が走って行く。
渋々母親が追い掛けて捕まえている。

「お待たせ致しました、ごゆっくりどうぞ」

社長はやっぱりお肉が好きなんだ。いいって言ったのに、私の分もしっかり食べられるように注文されてしまっていた。魚も好きだって言ってたけど、結婚してから煮付けとか食べて無いなってボソッと言ってたな。
…それって、作って貰えなかったって事か…。

「これ、先に食べてください。お肉も身体には必要ですけど、野菜も必須です。身体の管理…これからは自分で気にして食べないと駄目ですよ」

自分の注文したサラダを社長の方へ少し移動させた。
私も、注文してくれたハンバーグを食べる事にした。

「…成美も大概、ギャップのある女だよな。こうやって淡々と差し出す。こんな事に気を遣う。
あの時もだ…。冷めてるくせに…俺を夢中にさせた…」

…あの時?……。
…あ。この男、また馬鹿が発動してる。もう…。あの時、なんて…もう止めてそんな話は。今、こんなところでだって話す事じゃない。
社長に…好きなように翻弄され続けた事、思い出してしまう…。なにが夢中よ。…。


「何も、それ程畏まった話じゃ無い。至極、単純な事だ。成美は独身。俺もフリーになるって事だ」

「…それだけの事ですよね」

これが言いたかった事。

「ああ、それだけの事だ」

「後悔してますか?嬉しかったですか?寂しいですか?悲しい?辛いですか?」

「離婚がか?」

「はい」

これって傷口に塩を塗っているのだろうか。

「成美は…本当に淡々と聞くな。そこがいいんだけどな。
区切りがつけられた。…そんな感じだ。はぁ、やっとって感じだな。
長い間、これでいいんだろうかとか、ズルズルしていてもしようがないんじゃないのかとか、はっきりしないままでいた感情が無くなったっていう感じだ」

「穴は開きませんか?」

「穴?…あぁ。穴は無い。開かない。その点では初めから割り切りは出来ていたからな。
なんだ?寂しさを埋める為に、成美を利用しようとしてるとでも思っているのか?」

…この男、…。

「そんな思いでは無い。今も昔も、成美に対してそんな感情で接した事は無い」

嘘か本当か、あの頃、結婚している事を後悔しているような言い方をしていたけど…。
身体の関係だけを持とうとする男の言葉には、囚われないようにした。繋ぎとめる嘘はつくかもしれないから。
信じたくても信じてはいけない…。そんな関係。

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