好きになるまで待ってなんていられない
−平穏−


随分と遅くなった。無事に帰り着いた。
歩いた距離は大した距離では無い。
ただ明かりが少ないから、路地の交差する辺りがちょっと怖かった。

約束だからメールした。

【無事部屋に帰りました。珈琲ご馳走様でした。 成美】

明日からも仕事では宜しくお願いします、と書き足そうとして止めた。
そこまで決意表明しなければいけない事も無いと思った。今までより少し、想像ではない確かな社長の結婚生活、内面を見ただけ。

社長って、住んでた部屋に一人居る事になるんだろうか。
奥さんと子供って実家住まいする事になるんだろうか。
ふと勝手にそんな事を思った。


ガチャガチャとドアを開けた。

律儀にも部屋の前に帰り着いた時点でメールをしたのだ。


「ただいま…」

直ぐには明かりは点けない。いつからしているだろう。
カーテンをきっちり閉めてから明かりを点ける。

帰ったタイミングですぐ明かりを点けると部屋が解ってしまうから。
確か、ストーカー対策とかで言ってた事だった。
若い頃は凄く気をつけていたけれど、…今は、もう、そんなに気にしなくても良くなった気がする…。
強盗とかの事もあるし、続けた方がいいのはいいだろうけど。


「ミンちゃん、ただいま」

…。


ん〜。
明日も仕事だ。お風呂に入ろう。

ふと、買ってもらった缶珈琲を飲んだ。
温くなっていて、どっちつかずな感じ…。
クイッと傾けて一気に飲んだ。

……洗ってここに置いておけば、灰皿に使うかも知れない。


ブーブー…。

携帯が鳴ってる。社長かな…。

【了解。おやすみ。 藤木】

多分、今までなら了解だけ。

おやすみなんて人間らしい言葉を添える事は、敢えてしない人だった。

勿論、藤木と言う名前も入れない。
解っているからと。

この前、休みのメールをした時からだ。
社長にとって余分な文字を入れるようになったのは。
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