好きになるまで待ってなんていられない
…な、に?
嫌、嫌、怖い。
空耳かも知れない。…見たらいけないモノ、見てしまうかも知れない。
だから暗くなってからは嫌なのよ。ここ、事故物件とか、隠されてる訳じゃないよね。
私、19の時に見えちゃいけないモノ、見た事あるんだから。
後から聞いた話だと、その場所で人が交通事故で亡くなってたって。
その時の服装、その時の状況のまま見たんだから。
オジサンがバイクに乗っていたのよ。トンネルの中、確かに横に…並走して走ったのよ。それで通り過ぎたら消えてたのよ。サイドミラーでも確認した。居なかった。
オジサンは…一生トンネルから出て来る事が出来なくなっちゃったんだから。
あぁ、嫌な事思い出しちゃったじゃない。
思うように動かなくなった足を早めて階段を上がり始めた。
「おい」
ひっ。
…おばあちゃん、おじいちゃん、お父さん、助けて。…助けてー。部屋に帰り着く手前で、不自然にねじれた首で変死してたとか、嫌…。
カチ。……フゥ。
…ん?。……煙草の匂い。
五段程上がった一階の通路の踊り場部分で足を止めた。恐る恐る、振り返って見た。
黒い塊の真ん中でオレンジの小さい火が…。
ひっ。
怖いこと極まり無い。…助けて…おばあちゃん…。
「こら、何、手、合わせてんだ。ブツブツ言ってんじゃない。人を勝手に化け物扱いすんな。そんな事したって成仏なんかしないぞ」
喋った。
「あぁ、暗くて解んないのか」
…。
そ、そうだ、階段の明かりを点ければ、はっきり見えるはず…あそこまで手を伸ばせば…。
手を伸ばしかけた。先に塊が動いた。
一瞬だ。
目の前に現れた。居る。
ひっ。キャ…。
「俺だ。…騒ぐな」
ゔぐゔ。もう既に涙目だ。誰かは解った。暗くても目の前に顔があるから。
解った事も合わせて、泣きたくなった。
「…おい。どうした」
…だって、返事は出来ない。口を塞がれていたから。