好きになるまで待ってなんていられない


運よく煮付けに出来る鰈があった。
鯵やイカもあった。

「お米もありますか?」

「あぁ、そうだな、無くなりかけたままだったから買っとくか…」

…。

最近迄の生活が垣間見えるから、言葉には気をつけて欲しい。
確かに、いきなりプツリとお弁当、持って来てなかったな。
そう思ったら、奥さんは奥さんとして、ちゃんと家事をしていたのよね。負い目を感じて余計ちゃんとしたのだろうか。
これからはお昼、どうするんだろう。近所のお弁当屋さんかな。御飯屋さんかな。



「社長…」

「ん?」

「この広い部屋に一人住むって残酷ですね」

「フ、遠慮の無い毒舌だな、成美。オブラートに包まれるよりずっと楽でいいけど。また俺に寄って来てるな」

「洗脳しないでくれますか?はい。ご飯は炊けますか?解らなかったら教えます、社長がしてください」

炊飯器の内窯を渡した。

「大丈夫だ、炊ける」

「あ、構わなければ、そのエプロン借りていいですか?魚の処理をするので」

「いいぞ。これは俺のだ。待てよ、俺がしてやる」

言い終わるよりも早く、首に掛けられて後ろで紐を結んでいた。…そうだ。お父さんだもんね。家事も手伝っていたのかな…。子供の為…偉いですね。

「いいです、自分で出来ますから」

「あ、ちょっと待て。まだ長いな」

身体に腕を回された。もう一回り紐を腰に回して結び直した。

「よし、いいぞ。…成美、…」

「後ろから抱きしめたりしようとしないでくださいね」

「…鋭いな」

「それから、魚を処理してる時も。手が塞がっているからって、チャンスだなんて思わないでくださいね。…刺しますよ?」

…。

あ、…。

「成美…」

「だから…、駄目ですって…今言いましたよね」

「…解ってる。だけどしようが無いじゃないか。うなじが綺麗だったんだ…。
今なら叱られるだけで済むけど、後でしたら刺されるからな。…ちょっとだけだ」

成美、前より少し痩せたか…。

…。

もう、この男…。何もしないなんて…こんなものだ。解ってるって、ただの文字の羅列くらいにしか思ってないのかしら。
刺して帰ろうかな…。新聞の見出し、『男女の縺れ』にされるかな。


「もう駄目ですよ。はい、お米。早く。洗って炊いてください。ご飯が後になってしまいます。
社長の担当ですよね」

「…はい、はい」

…。

「フ、なんだかすみません。社長なのに、命令して」

「いや、いい。気にするな」

変に慣れ合っちゃって、言葉遣いが難しい。

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