好きになるまで待ってなんていられない
「成美…、狡い大人になれよ。今は何も考えるな。俺も今、随分卑怯な事をしようとしている。
…居る事は知ってるんだ。そうだろ?だけど成美は今ここに居る。成美を好きだからこその欲望だ。ただ…身体の熱を取るだけだと思え…」
…、あ。この抱きしめ方…。
「成美…、お前としていたキス、覚えているか?お前とする時、どんなにしたくても、深く口づけたりはしなかったんだ。触れるだけでいつも止めた。軽いキスでも俺にとっては挨拶なんかじゃない。唇が触れるともう…堪らなくなる。俺はもっともっとって思ってしまう質だ。欲しいまま深いキスをしてしまったら、身体の繋がりと同じくらい、堪らなくなりそうだったんだ。
だから、ぎりぎり触れるだけしかしなかったんだ。それでも、愛しくて、離れられなくて、なかなか帰れなくなってたけどな…」
顔を包まれた。…あ。
ん…んん…、灯…。
…あの頃とは違う。
珈琲の香りだけじゃない。深くて味を感じる…。
「んん、…灯、…直ぐには送らない。もう…俺が…、灯を欲しいんだ」
んぁ、…はぁ、んん…。
「も、う…、ん…社長…」
何度も何度も唇が重なる。
広めの寝室にポツンと一つベッドがあった。綺麗に整えてあったシーツを捲くった。
「この部屋で嫌じゃないか?ベッドは最初からずっと俺しか使っていない物だが」
顔を覗き込むようにして聞かれた。唇が自然に触れる。身体の芯がジワッとした。…もう、駄目。
「…何も、気にならないです」
「ん」
あ、…。抱えられていた身体、また口づけられてゆっくり下ろされた。
…はぁ、きっと私は罰が当たる。ドキドキさせるあいつの存在…。私もドキドキしている。
何も考えるなと社長は言った。多分、この何とも言えない罪悪感に襲われる事だ。
社長の手が身体をなぞる。
「灯…変わらないな…。いや、少し括れが増したか…。痩せたのかな少し、…灯…ん」
「変わらないはずなんて無い。見られるのも恥ずかしい。…あの頃と比べないでください。
色んなところが…変わってるから。だって、もう39にな…」
ん。ぁ…。
「俺は…42の…オジサンだ。灯、…もう、…こんなに…」
嫌…恥ずかしい。
「…好きだぞ。触れるとこうやって恥ずかしそうにしがみついてくる灯。同じだ…変わらない」
…。何もかも知っているこの人の前では何も隠せない。
「灯…安全日か?」
あ…この人の求めて来る日のタイミングって…どうしていつも…。
ほぼ狂いのない私の周期を、ずっと覚えていたんじゃないかとさえ思える。
「俺は心配ない、大丈夫だ」
相変わらずそんな事…また言ってる。
「社長は狡い…」
「ん?なんだ…、どうしてだ?」
「社長に…嘘をつこうと思ったらつけるけど、…こんなの…つけない…」
「…どっちなんだ?ん?」
あ…、髪をゆっくり梳かれた。…別に、焦らしているつもりは無いけど。
「安全な日、です…でも」
前からずっと言ってる。完全に安全って訳じゃないから。
「そうか。じゃあ、どっちにしろ、やっぱりこれは要らないな」
手を伸ばして、わざと引き出しから取り出したようだ。
…どっちにしろって。
「昨夜買っておいた。灯が直接は駄目だって言ったら使おうと思ってな。もしもに備えてだ。
コンビニに行ったメインの理由はこれだ。いいか?脱がせるぞ…」
…よくは無い。こんなに明るい…。
「…待って、ください。はっきり見られたくないです。出来れば、少しずつ、…隠しながらにしてください」
「嫌だね。今見なくていつ見る…」
はぁ、もう…。全然聞いてくれない…。
…変わってない、こんなところ。