お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
「寂しいって?」先生は不思議そうな目で私を見る。

明治のはじめといえば、今までの徳川幕府のいわゆる武士が統治する時代が終わりを告げ、新たに天皇陛下を頂点とする新政府が発足した時だ。

僅かな金が新政府から士族に支給されるが、その金が新政府の予算の大半であったため、新政府は一時金を士族に支給し、それ以後、士族に対する給付を打ち切る事を決定する。

農民などの一般市民から徴兵すれば、士族、武士の存在の必要性はなくなるのだ。

貧窮した武士たちが新政府に不満を抱きく。そこで政権を奪還すべく決起し、一連の乱を起こす。士族は悉く鎮圧されてしまう。

「不満士族たちは新しい文明開化の影で、過去にしがみついて抗っている。それが何だか寂しく感じるわけ」

「・・・」

「不満を抱けば逆賊とされる。新しいものを得るためには、古いものを捨てていかないと、前には進めないものかもしれないな」私がそう言うと、

「今日はやけに語るね。想像のお話ではなくて、現実的な話を君がするなんて珍しいね」

「そうね」そう言い、私は曖昧に笑ってみせた。

私たちは新たな段階へと向かっていた。この旅行はその過渡期に過ぎなかったかもしれないけれど。

この頃は、終わりを迎えるであろう一抹の不安と、それでも愛している人を信じて、ずっと傍にいたいと色んな感情にとらわれていた。

そして、自分でもよくわからない感情が胸の奥底から時々沸き上がっては、消えていくのである。

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