お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
その朝、まだ寝ぼけ眼で起き出す事なく、布団の中でゴロゴロしていた。朝風呂に入ろうかと思案していた時の事。

ふいに浴衣の胸元に触れる指に、はっきりと目を覚ました。

先生が「おはよう」と眠たそうにしながらも、私の浴衣の襟元に手を突っ込んでくる。

「嫌だ。そんなぺたんこの胸触っても面白くもないでしょ?」そう言いながら、先生の掌を払いのけようとした。

「君は貧乳だって言って触られるのが嫌みたいだけど、僕はこの胸好きなんだけどな」

「もう!恥ずかしいってば」そう言う私に、鼻スリスリの大好きなキス。久しぶりだ。

私が笑顔になると、「昨日は悪かったね。ね、する?セックス」
「え?」
真っ赤になり答えられずにいる私。キスが思わず胸にきて、声を出してしまった。

仲直しとばかりに、朝から激しく求めあってしまった。果てた余韻にひたりながらも、先生は「今日は秋吉台の秋芳洞に行こうね。ずっと手を繋いでいよう」

そう言い、頭を撫でてくれた。

束の間の時間。秋芳洞の歴史からすると、私たちが出会って愛し合って、いつか離れる時が来る、そんな時間など本当の一瞬なのだと思い直した。

帰りの新幹線の中、眠ってしまった愛する人の寝顔を見ていた。

春になったある日、先生は何も言わなかったけれど、別居を解消して、奥さんのいる自宅へと戻ったようだった。

例の秘密のタワーマンションの部屋が、殺風景なもとの部屋に戻った事で、そう悟ったのだった。
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