お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
「ね、先生。昔やってたドラマで知ってる?高校教師」

「ああ、懐かしいね。全部は観てないけど知っているよ。桜井幸子と、真田広之のやつだよね」

「先生と教え子の恋愛以外にも色々とタブー視されていた事が描かれたドラマで、当時はすごい話題になっていたよね」

「あ、そうだ。僕、桜井幸子が好きなんだ。ほんわかしてて、おっとりした感じで。顔は似ていないけど、君と雰囲気が似てるって思ってたんだ」

「ふーん、そうなんだ、桜井幸子が好きなのって初耳」私は笑ってそう言った。

「ドラマのエンディングがはっきりとは描かれてなくて、皆が色んな解釈をしてたけど・・・ほら、小指を赤い糸でさ」

エンディングでは、生徒役の桜井幸子と、教師役の真田広之が赤い糸で小指を繋いで、眠るようにして二人並んで電車に揺られている。そこで終わっているのだ。

「ほら、真似っこだよ」先生の小指に自分の小指を絡める。

「このまま、2人して逃げようか」
「えっ?」
先生は驚いたように声をあげた。
「嘘よ、嘘にきまってるじゃない。高校教師ごっこみたいだね」
「ああ、そうか、そうだよね」
安心した声を出した先生。

私は無言で外の景色に目をやった。

梅雨を過ぎて、枯れたアジサイの花が目に入った。私はその時まで知らなかった。

アジサイは散ることなく、その姿のままで枯れてしまう事を。

枯れたアジサイを好きにはなれなかった。

アジサイのように、私も散ることすら許されずに、このまま枯れていくのだろうか。


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