お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
「詠美ちゃん」ふいにそう呼ばれて、私は外の枯れたアジサイから目を離して先生の方に向き直った。

トロッコ列車の中は、多くの客でいっぱいだった。それなのに、強引に引き寄せられ、人目もはばからずにキスされた。

まわりの人の視線にやめて、と小さく呟いた。

「ごめん。どうしてか、無償に君にキスしたくなったんだ」

小指を絡めあったままの私たち。ずっと小指を絡めて、トロッコ列車に揺られていた。おぼろげにしか思い出せない。

これが最後のデートだった。別れは突然訪れた。ある事がきっかけになり、私から泣く泣く別れを告げた形になった。

一足早く私から言い出しただけだった。私が言い出さなくても、先生から別れ話を告げられていただろう。

最後に全てが明らかになった。

貧乳地味子な私を選んだわけ。

妄想で先生をその気にさせないと、キスもセックスもしてもらえなかったわけ。

先生の体液をあんなにも欲して、お口にクダサイとねだったわけ。

先生の口から語られ、全てが点と線で繋がったのだ。

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