お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
結婚式の翌日、月曜日の朝から何かとバタバタし、昼前にやっと一息つくことができた。

事務長から呼びとめられ、手が空いたら事務長室に来るように言われた私は、昼休みの休憩時間に事務長室へと向かった。

事務長は私の姿を見るなり、開口一番に「棚橋先生とはまだ続いているのか?」と聞いてきた。
「まあ、一応」
「そうか。棚橋くんから聞いたか?何日か前に、棚橋くんと二人で飲みにいった時に報告を受けた事があってな」
「何をです?」

事務長の勿体ぶりに、少々腹がたったものの、報告?何を報告したのだろうと、検討もつかなかった。

「棚橋くん、結婚9年目にして待望の赤ちゃんを授かってな、奥さんが妊娠したそうだ。」

え?今なんて・・・?

「飲みに行って嬉しそうに話してくれてな。長年の不妊治療がやっと報われたと言っていたよ」

「・・・そうだったんですか・・・何も知りませんでした」
「そうか。てっきり知っているものかと。余計な事を言ったか?」
「いえ、教えて頂き、ありがとうございました。知らないままだと・・・いけないですからね」

「不妊治療でお互いに疲れきって、別居まで最近していたと言っていたよ、棚橋くんは・・・」

「もう、その話の先は結構です。自分で聞きますから」事務長に挨拶をして事務長室をあとにした。

先生は近々、別れ話を持ちかけてくるだろう。その前に身を引こうと決心した。


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