お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
家に帰った私は、買ってきた惣菜で夜ご飯を手早く済ませた。

鍵を返すにしても、あの部屋には私の私物が置いたままになっている。化粧品やらパジャマの類いであったから、処分してもらおうとぼんやりと思った。

自室の部屋を片付けていたら、一枚の葉書が出てきた。先生に吊れていってもらった高級鉄板焼のお店から届いた葉書だった。

二人して食べに行ったときは、タワーマンションの部屋の鍵をもらうより少し前で、あの頃は駆け引きを挑まれて、悉く撃沈していた。

当時、金曜日の夜に会うことになり私が「鉄板焼が食べたい」と言いだし、先生いきつけのお店に行くことになった。

予約もせず、しかも金曜日の夜に行ったものだから、満席で席があく気配すらなかった。

諦めて帰ろうとしたその時、「同じお店が○○ホテルにもありまして、そこを確認しましたらまだ空席があるそうです。そちらに向かわれるのであれば、席をあけてお待ちしておるそうですが・・・」

そのために、タクシーを呼び、お金はいりませんのでと言われ、せっかくだからと、そのタクシーに乗り込んだ。

お店の対応のよさに、驚いたのを覚えている。

はじめて食べる高級鉄板焼に、舌鼓をうった。お肉につける塩だけでも、赤穂の塩、宮古島の雪塩、あとは忘れてしまったけれど、外国の塩があと2つほどあった。

その塩の味の違いがいまいちわからなかったけれど、あまりの美味しさにお店の人に頼んで、店の名刺を持ち帰った。

私には払えそうもない金額だったので、店のダイレクトメールが届いても、そのまましまいこみ、いつしか忘れていたのだった。
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