お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
また止んでいた雨が振りだした。ほどなくして、先生が傘をさしてやって来た。

「忙しいのにごめんなさい。来てくれてうれしいけど、勝手に来たから怒られるかもしれないって思ってて、それで・・・」

涙が溢れて止まらない。

先生は苦笑いして、怒るわけないでしょ、と言い
「僕のシンデレラは泣き虫だね。僕に会えてのうれし涙?それとも怒られたらどうしようって泣いているの?」

泣きじゃくる私は、やっとの事でこう答えた。
「会えないから不安で泣いて、でも来てくれて嬉しくて泣いて、今自分でも何の涙かわからないのに、涙が止まらないの」

「そっか。色んな涙なんだね。そうだ。手繋いで歩かない?」
「え?ここ事務所の近くだよ」
「いいんだ。不安にさせたから手を繋いで、大通りを歩こう」

そう言い、私は手を繋がれた。ドキドキが止まらない。先生は雨がいっぱい降っているのに、傘もささずに飛び出そうとする。

「せ、先生、雨かなり降っているのに傘ささないの?」
「えー?雨に濡れたら泣いてた事なんてわからないし、雨でモヤモヤした心を洗い流せるでしょ?」

「え?ええ?本気?」
「本気だってば!さあ行こう!」そう言い、先生は繋いだ手をひっぱり傘もささずに二人濡れて、大通りをかけぬける。

戸惑う私の手を繋ぎ、横断歩道を子供みたいにはしゃいで走り抜けた先生。

「気持ちいいなー。一度やりたかったんだよね」そう言い、おどけて私の顔を覗きこむ先生。面食らう私に、

「詠美ちゃんも楽しめばいいんだよ。雨の大通りをこんな風にしてさ」

行き交う人々の奇異な目。

いい大人が、白昼堂々傘もささずに走り抜ける。おかしなカップルだと思われているだろう。

でも、先生みたいにはしゃいでみると、まわり人の奇異な目はどうだって良く思えてきたのだった。
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