お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
君に癒されていたんだ。疲れるとふと、君に会いたくなった。

おっとりとして、不器用で君は笑うと顔がクシャクシャになるから嫌だと言っていたけど、君の笑顔がとても好きだった。

別居をしていたのは、気がついていたよね。妻と顔を合わせると喧嘩になる。

家には帰りたくなくて、君が出迎えてくれるマンションが、僕の逃げ場所だった。そのうち妻が実家に帰ってしまったんだ。

妻がいなくなった自宅に久しぶりに戻ったんだ。テーブルの上に、出しっぱなしのアルバムが置いてあったんだ。

妻と出会った頃の、結婚した頃の写真だった。僕が帰らない家で、これを何度も見返していたようだった。

それを知って、僕も妻と出会った頃を、思い出していた。僕もそのアルバムを久しぶりに見た。詠美ちゃんと楽しい時間を過ごしていたように、妻とも同じように過ごしていた事が甦ってきた。

ここで、妻を迎えに行かないともう取り返しがつかない気がしたんだ。そして、妻を迎えに行き、自宅に戻った妻と少しずつやり直そうとしたんだ。

そうなると、君との事を考えないといけない。詠美ちゃんは妻とやり直そうとしている僕に気がつきはじめた。

詠美ちゃんが今度は不穏になっていき、壊れていった。僕は妻の心も、君の心も壊してしまった。

すべては僕のせいだ。せめてもの償いとして、きちんと話して別れようと、気持ちの整理がつくまで壊れていったとしても君の傍にいようと決めたんだ。

でも、それが逆に君をさらに苦しめた。別れるのに、優しさはいらないのに、変に期待を持たせるだけだった。】

静かに口を閉ざした先生に、私は呟くようにこう言った。

「・・・私は知らず知らずに先生の奥さんと、先生の分身(精液のこと)を取り合っていたのね。私は先生の子供は生めないから、お口に注いでと不思議とそこに固執した。自分でも頭がおかしくなったのかと思ってた」
< 150 / 184 >

この作品をシェア

pagetop