お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
私は手にしていた秘密のタワーマンションの部屋の鍵の、シンデレラの片方だけのチャームを揺らしてみた。

「・・・灰かぶりのシンデレラは束の間の夢を見たのよ・・?私は本当のシンデレラにはなれなかった。王子さまは、お姫様のもとへ戻るのよ、ただそれだけ・・・」

「詠美ちゃん、本当にすまない。最初は遊びだったかもしれない。けれど、途中から本気で君に・・・」

涙が溢れてきた。窓の外を見るようにして、
「謝らないで。私は幸せだったから。本気で好きだった。謝られると、その幸せが嘘になるから。私も鍵をかける。先生との思い出をいつか懐かしむ事が出来るようになるまで・・・」

「・・・君がいてくれたから、僕は今まで乗り越えてこられたんだ。感謝してるよ、ありがとう」

君がいてくれたからか・・・。昔も同じ台詞を聞いたな、と思い出した。彼女のいる人に本気になり、フラれたのに諦めきれなくてまた告白をして・・・。

2番目の彼女を3年間もし続けて、結局は本命彼女のもとへと去り、またしてもフラれて、もうやめようと思ったのに、また同じことをしていた・・・。

「サヨナラ」私は鍵を先生の手に握らせて、振り返らず自分のアパートの部屋へと掛け上がった。

先生は何も言わずに、私が部屋に入るのを見届けてから、車にエンジンをかけたようだった。

1人真っ暗な部屋の中、愛しい人の車のエンジン音が遠ざかるのをぼんやりと聞いていた。
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