お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
人生のメリーゴーランドの曲にのせて、先生のリードでステップを踏む。

軽快なメロディーに合わせて、私はくるくるとまわる。フリルがほどこされたジル・スチュワートのワンピースのスカートの裾がひらひらと揺れる。

ここだけが二人の世界、そして時間。私は本当にシンデレラになれたのだろうか?

いや、先生の前でだけシンデレラになれたのだ。

人生のメリーゴーランド。憧れても羨んでも、結局はメリーゴーランドのように同じ所をくるくるとまわっているだけなのだ。

同じメリーゴーランドの中に、内側と外側をまわる2つのメリーゴーランドがあるとする。私は外側をくるくるまわり、華やかな先生は、内側をまわっている。

先生が手を差しのべてくれたなら、私は先生側に行けるだろう。

しかし、私だけが望んで飛び移つろうとしても、先生側の流れについていけずに、地に落ちてしまうのが関の山だ。

恋は盲目だ。魔法にかけられたように、ずっと同じメリーゴーランドに乗っているとは気がつかない。いつかメリーゴーランドの白馬で、そこの回転軸を抜け出せると信じていた。

夢のような先生との時間。刹那の時間、甘い夢を見た。この恋の幕が下ろされ、随分とたってから、私は甘い恋の余韻を懐かしむ事が出来るようになる。

そして、その頃は奥さんに対して、何も知らなかったとはいえ、恋に溺れ申し訳なかったと身を引いた。漠然としてしか、奥さんに対する罪の意識を持たなかった。

後に自分が妻となり、母になってはじめて奥さんの気持ちが本当の意味で、わかるようになった。申し訳なさでいっぱいになり、自分は何て酷いことをしたのだろうと、胸が痛んだ。

先生を愛した事は許されないだろう。けれど、愚かな恋心は
止められなかった。本気で愛していた。

ひらひらとジル・スチュワートのスカートを翻して踊ってた頃は、何も気づかずにまわりを傷つけていた。
< 169 / 184 >

この作品をシェア

pagetop