お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
「僕はその 香炉峰の雪を口にした君が気になりはじめたんだ。大体さ、そんな事雪を見ても言わないでしょ?普通の女の子って」
「オタクみたいで変な子って思ったなの?」

「いや、逆にどんな子だろうって興味がわいたよ」
「・・・」

「挑発して反応をうかがったのはごめん。既婚者の僕から誘うのもね。・・・鍵を返して。・・・帰りたくないの?」

左手をさしだしてくる。利き手が左手だった先生。薬指には結婚指輪がはめられていた。私はわかっているのに、それがどこか恨めしくなった。

私の視線に気がついたようだった。先生は薬指の結婚指輪を外して、真顔でこう言った。

「この指輪と交換だ。本気だよ。だから鍵を返して」

私は先生のリアクションに驚き、わなわなと震えた。そしておずおずと鍵を返した。

先生の顔が近づく。

キスされる?ドキドキして目を閉じる。

閉じる・・・。何も起こらない。何も。目を開けた瞬間先生が、

「キスするときの詠美ちゃんの顔、可愛いんだね。キスすると思った?」
「は?」

先生はまたおどけて、「君に惚れたのは事実だけど、キスは早々に出来ないな。そうだ、今度1日デートしよう。行きたいとこ考えておいて。そこで僕をその気にさせてくれたらキスしてあげる。」

「・・・先生の鬼っ!」
先生と2人して笑い合った。私たちの関係はこうして始まったわけだけど、それはこの先も先生の焦らしテクに、悶々とさせられる日々の始まりでもあった。


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