お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
前から歩いてきた男性2人組は、先生と昔から親交のある代議士だと、後から知った。

「お久しぶりです。ご無沙汰していてすみません」先生はそう言い、私も軽く会釈する。
「いやいや、棚橋くんは仕事で忙しいんだ。仕方がないよ。仕事終わりかね?」
「はい。この先のお茶漬け屋で、軽くご飯でも食べようかと思いまして」

先生とこの2人のやり取りを、私は黙って聞いていた。

そのうちの1人が私の方を見て、
「先生、こちらは・・・」
先生が口を開けるより前に、
「挨拶が遅れまして申し訳ありません。私は松嶋と申します。うちの会社が先生の会計事務所にお世話になっているんです」

先生も口裏を合わせて、うまく話を繋いでくれる。

2人とも頷きながら
「一瞬こちらのお連れの方、松嶋さんとおっしゃいましたね。松嶋さんがその・・・棚橋くんの愛人なら声をかけるのを控えようかと思いましたけど、違うとすぐにわかりましたよ」

「目立たないと言うか、いや、普通の感じのお嬢さんだから、違うなと。あ、気を悪くなさらないてくださいね。先生の奥さんが、特別お綺麗な方なので」

・・・案に私が地味で、奥さんみたいに美人じゃないから愛人ではないと判断した、そう言いたいのだろう。

私はそうなんですか、と一応愛想笑いをする。

「そういえば奥さんはお元気ですか?あれだけ美しい奥さんがおられて羨ましい。あんな奥さんがいたら、毎日飲みに行かずに帰るな、わしなら」

「ああ、私もですよ。毎日直帰だ。・・・また奥さん同伴で飲みましょうよ。奥さんによろしくお伝えください。では失礼します」

そんなやり取りをして、挨拶をし2人が見えなくなるまで、見送った。

奥さんの事なんか聞きたくなかったよ・・・。ずっと我慢していた涙が込み上げてきた。

私は先生に突っかかるように、声を荒げてこう言った。
「どうして私なんかといてくれるの?私みたいな地味な女と!」

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