お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
以前、事務長から聞いた話によると、先生はフレグランスが好きで、TPOで香りを変えていると聞いた。

仕事の時は邪魔にならないように、カルバン・クラインの柑橘系の軽めのフレグランス、普段はブルガリを愛用していると聞いた。

先日の飲み会で、私は隣に座っていた同僚に「自分はエリザベスアーデンのグリーンティーの香りが好きだけど、男の人がつける香水は、ラルフ・ローレンのポロスポーツが好きなんだ」そう何気なく話した。

マリンノート系の爽やかな香りが好きで、彼氏が出来ると、ポロスポーツの香水をプレゼントしていた位だった。

自分でもそんな発言をした事など、すっかり忘れていた。飲み会が終わってから、しばらくしてまた作成した書類を持って病院に来た先生と、廊下で出くわした。

いつものように、挨拶をして通りすぎる。

その日もそうだと思っていた。すれ違い様、挨拶をしようとした私の鼻先を擽る香りが、いつもの先生のそれとは違っていた。

【私が好きだと言った、ラルフ・ローレンのポロスポーツの香り・・・。まさかね、そんな偶然よね。】

私は立ち止まり先生を振り返った。先生も歩みをとめた。

そして振り返って、私に挑発的な視線を投げ掛ける。口角を少し上げて、余裕の笑みさえ浮かべているようにも見えた。

立ち尽くす私をよそに、先生は背中を向けて何事もなかったように歩きだした。

どうして?

はじめて先生は私の方を見た。

挑発的な視線を思いだし、その夜は眠れなかった。

< 5 / 184 >

この作品をシェア

pagetop