お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
私の口から、グレープフルーツジュースが滴り落ちる。それは粘り気を帯びて、一筋の糸のように、先生への口へと吸い込まれる。先生は口の中でそれを味わうようにして、喉へと流し込む。

もはやそれは、ジュースではなかった。
「あ、美味しい。グレープフルーツジュースだ。詠美ちゃんの温もり伝わってきたし、うん。すごくドキドキした。どうしてトロトロなんだろ?まさか片栗粉?」

私は驚いた先生の顔を見下ろして
「片栗粉なわけないじゃない」私は笑ってそう言う。

確認するかのように、先生はもう一度口の中に神経を集中させているようで、しばし無言になる。

「ん?粉っぽいぞ。粉が口に僅かに残ってる。ザラザラして。ゼラチンの粉?」 

「えー?溶け残し?混ぜるの足りなかったかー。トロミはいい具合だったのに」

私は、何を使ってグレープフルーツジュースにとろみをつけたかをネタばらしをした。

病院や介護施設などの医療、福祉関係に勤めている人にはお馴染みになっている、食品や飲み物にとろみをつけるものを使ったのだった。介護用とろみ剤と言えばいいだろうか。

加齢や、疾患によりさらさらとした液状のものだと、飲み込みにくく、むせる事が多くなる。液状の飲み物でもとろみをつけると飲み込みやすくなるので、とろみ剤を用いるのだ。

とろみの程度も加減できて、無味無臭なのでもとの食品の味を損ねたりせずに、食感だけ変わるのだ。ちなみにとろみ剤は、市販されているのでドラッグストアや薬局で買うことができる。

高齢者の入院患者が大半のうちの病院でも重宝している。

「どう?ドキドキしたなら・・・」
「意地悪かな?少し惜しいな、ざらつきさえなければね」
「・・・・」


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