お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
無言でいる私に先生は、
「もしかして機嫌損ねた?」
私は何も言わないで、膨れっ面をする。
「その顔だよ、それ。何かさグッとくるんだ」

「じゃあ、キスより先をくれるの?」
今度は先生が無言で首をかしげて茶化すから、もう!と言い、ポカンと拳骨を頭に1つする。

「痛いな、もう。でもさ、すんなりそこに辿り着くよりさ、焦らして焦らされた方が燃えるって」
「そうかもしれないけど・・・わかった。今度はもっと考えて参りましたと言わせてやるから」先生の頬っぺたを引っ張りながらそう言う。

「そういえば、来月1週間休みとったの?またディズニーランド行くの?好きだよね、相変わらず」先生は話題をかえてこう言った。

「そうなんだ。有給残ってて、早く消化しろって事務長に。今月の頭が医療監視で忙しかったけど、来月は暇だし。同僚とね行くの。ディズニーランド。10回は行ったはずだよ」

大好きなディズニーの話をしだすと、止まらない。先生は根気よく、私の話にいつも付き合ってくれる。

「いいなぁ。君は経理じゃないから関係ないけど、詠美ちゃんの病院9月末決算でしょ?他のとこのもあるし、そんなんで来月は忙しくなりそうだよ」

「・・・そっか」
「あ、確か詠美ちゃん来月誕生日だったよね」
「うん。でももう29歳になるし、お祝いって歳でもないから」
「お祝いしてあげたいけど、たぶん無理っぽいかな」
「・・・仕方ないよね。わかってるよ」

私は先生の奥さんでも彼女でもない日陰の身。わかっていて好きになったのは私だ。





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