お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~

「最後に、浴衣でおとして見せるわ」

9月に入ると先生はいそがしくなると聞いた。

先日はキスより先がもらえなかったわけだけれど、はじめてのお泊まりで意外な一面を垣間見る事ができた。

いつもは、私と釣り合いが取れないほど先生は素敵で、細身のスーツをパリッと着こなす。洗練されたイケメンで、それこそ頭の先からつま先まで【完璧】だと言っても過言ではない。

しかし、寝起きがあまりよくないのだとはじめて知った。起こしてほしいと言われた時間に起こしても、あともう少し、あと5分、もうじき起きるよ、そう言いすぐまた寝てしまう。

やっとの事で起きても、あくびをしながらしばらくぼーっとしている。寝ぐせをつけて起きてきた時は、何だか可愛くて抱きついてしまったほどだ。

いきなり抱きつかれた先生は目も開いてない状態だから、「え?何?何かあった?」多少パニクっていた。

体内時計が朝に切り替わるまで、時間がかかるタイプだ。例えるとなかなか火がつかない火縄銃と言った所だろうか。

しかし一旦火がつくと、いち早く仕事モードに切り替わる。早々に支度して細身のスーツに身を包み、皆が知っているいつもの先生になり、仕事場に向かうのだ。

8月も末になった。来月はなかなか会えないと思うと寂しさが込み上げてきた。

「え?花火したいの?2人で?」
「そう。浴衣せっかく今年新調したのに、花火もお祭りも行きそびれたから」

「浴衣か。いいね、夏の終わりの浴衣。情緒あるよね。もうじき秋なのに、夏の終わりを惜しんでるって感じでさ」

「ねえ先生?最後のチャンスをもらっていい?」
「ん?」
「あまり会えなくなる前に、キスより先が欲しいから」
「いいよ。勝算はあるの?」
「わからないけど、先生は妄想をかきたてられたら、って言ったけど妄想も空想も私の方が得意だと思う」
「そうかな?受けてたちますよ、いつでもね」

電話の向こうで今は余裕たっぷりの先生が、当日私に堕ちていくことになる。

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