お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
もう秋だと言うのに、その日は湿っぽい風が吹き、体が汗ばみ頬に後れ毛がはりつく。

夕方には蜩(ひぐらし)と秋の虫たちが混在して鳴いており、いつしか秋の虫たちのそれに押された蜩の鳴き声は、いつの間にか消えているのだ。

「微かに潮の香りがする気がするのだけど。海はそんなに近くはないのに。、風が運んでくるのかしら?」秘密の部屋の高層階から、遠くの海を眺めてベランダへと出る。

夜の海は闇に紛れて、どこか恐ろしげでもある。
「ここで楽しませてくれるの?」
「別に部屋でもここでもいいけど、風が出てきて気持ちいいからここでいい?」

先生はいいよ、待ってと手にまたウイスキーを注いだグラスを手に出てきた。アウトドアなんかで使うような簡易の椅子が置かれている。

ちょっとした広さはあり、2人してビアガーデンすればよかったと笑いあった。

「僕は何をすればいいの?見てるだけでいいの?」
「うん」
私はベランダの柵にもたれかかる。
先生はベランダの椅子へと腰を下ろす。
「そう言えば、浴衣は知らないけど着物の時って女性は下着はつけないものなんだって?」

「まあ、パンツの線が出ちゃうからかな?今日はちなみにはいてないよ、私。猥雑だと捉えないでね。雰囲気を壊したくないだけだから」
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