お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
「・・・知っていたんですか」
「ああ、何となくな、わかってたよ、お前のそぶりで」
「・・・棚橋先生に幻滅されたかもしれない」

不安を口にした私は、昔の癖でタメ語に戻っていた。

25歳の時に、事務長と少し付き合うというニュアンスは違うかもしれないが、男女の関係になり、それがしばらく続いた。

私は事務長にフラれたわけだが、それからも色々気にかけてくれていて、不思議と引きずったりはなかった。だからフラれてもここでずっと働いていた。

事務長に、事の経緯を簡単に説明した。

「もうダメかもしれない。いつか終わることはわかってる。だけど、こんな形で終わるのは嫌だなって」

「まだ別れようとか言われてないんだろ?残念だと言われただけだ。たぶん残念だと思っただけだと思う。別れようと言われてから落ち込めよ」

「・・・はい。今日の誕生日は、極上のステーキを買って焼いて食べます。ご褒美に高価なケーキも」

「そうそう笑えよ、そんな風に。ま、人間だから何も思うなとはいえないが、仕事に私情を持ち込むなよ」 

「わかりました」 
もう仕事に戻りなさいと言われて、事務長に挨拶をし、部屋を出た。

ロンリーバースデー。今は胸が痛んでもいつかあんな事があったと、懐かしく思えるように、自分の気持ちに正直でいたい。

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