お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
定時で仕事が終わり、歩いて帰りがてら、地元では高級だと言われているスーパーに立ち寄る。普段は別の安いスーパーで食材を買っている。

普段は手にしない高級和牛のサーロインを買い物かごに入れた。スイーツもそのスーパーに入っているケーキ屋で好きなフルーツタルトを買った。

家に着き、メイクを落とし、くつろごうとグレーの上下スエットに着替えて、色気も何もないけれど、とにかく今日はゆっくりするつもりだった。

サーロインステーキを好きなレアになるよう、軽く焼いて食べ、フルーツタルトもきれいに食べた。

「いただきます」
「ごちそうさま」
誰に言うわけでもなく、独り暮らしをしてから、独り言のように手を合わせてそう言っていた。

22時を過ぎ、お風呂に入って早めに就寝しようとした矢先、私の住んでいるアパートの下の駐車場からクラクションが聞こえた。

私には関係ないと、特に気にもとめていなかった。すると、私の携帯に電話がある。棚橋先生からだ。会えないけど電話はするって言っていた。

「迎えに来たよ。お姫様。今君のアパートについて車の中にいるよ」
「え?どうして?」慌ててアパートの窓を開けて下を見下ろした。

見慣れたベージュ色のベンツが停まっていた。
「嬉しいけど私、素っぴんだしスエットなんだけど」
「・・・俺なんかもっと恥ずかしい格好なんだけど。とにかく時間がないんだ。早く降りてきて。」

私は慌てて鞄をひっつかみ、階段をかけ下りる。

車から降りた先生の姿を見て、私は驚いてしまった。

 

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