お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
そう言い、悪戯っぽく微笑んだ。私は動揺して、言葉が出てこなかった。

「ごめんごめん、困らせるつもりはなかったんだ。お詫びにご飯をご馳走するよ。いきつけのイタリアンがあるんだ」

先生は自分の名刺の裏に、何やら走り書きをする。

「ここに電話して。電話出れない時は、留守電に伝言を入れてくれたら折り返し電話するから」私は震えた手で名刺を受け取った。先生が書いたのは、プライベートの電話番号だった。

その瞬間、事務長が慌ただしく部屋に入ってきて先生に待たせた事を謝り、すぐ様仕事の話に入った。私は我に帰り、失礼しますと退室した。

夢みたい。夢をみてるの?

名刺に微かに私の好きな香りが残されていた。余韻に浸るように、私はその名刺の匂いを嗅いだ。

夢じゃない・・・。夢じゃないんだ。

その日1日、仕事が手につかなかった。

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