お口にクダサイ～記憶の中のフレグランス～

「21時過ぎには帰るよ」と言っていたのに、帰ってくる気配はない。

帰ってくる・・・。このマンションの部屋で一緒に暮らしているような錯覚に陥り、何だか奥さん気取りになっている自分が恥ずかしくなった。

胸騒ぎだろうか。嫌な予感がした。電話しても出ない。私は下に降りて、とぼとぼと駅に向かって歩き出す。駅まで歩いて20分はあるだろうか。

表に出てると、外はひんやりとしていて寒さを感じた。上着を着てこなかった事を後悔した。携帯に電話がかってくる気配はなかった。寂しくなり、駅へと急ごうと走っていく。途中でつまずいて、転倒してしまった。

パンストが見事に破れて膝小僧をすりむいたが、不思議と痛みはなかった。それよりも早く駅に着きたかった。

何とか駅についた。駅に入ろうとすると、見慣れたベージュのベンツが前からやって来た。助手席には由美子さんが乗っていた。

駅に着くと、由美子さんが中から笑顔で降りてきた。

由美子さんの実家は反対方向なのに、どうしてこんな場所で下ろすのだろうか。