お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~
降り際に、何やら由美子さんが先生に言っていた。何か誘っているようにも見える。

先生がそれに対して何か言ったのだろう。由美子さんは憮然とした表情で、駅には入らずに歩き出した。

それからほどなくして、先生から私に電話が入った。
「ごめん遅くなって。電話気がついてたけど出来なくてごめん。最寄りの駅まで由美子さんを送ったから今から帰るよ」

「どうしてこの駅が由美子さんの最寄りの駅なの?」私は泣きながら先生の車へと近づく。

「え?」先生は目の前の私を見て驚き、慌てて車から降りてきた。

「A駅って言ってたよ、由美子さんの実家」

「違うって。この近くに由美子さんのお姉さんが住んでいて、そこに行くからって」

「嘘ばっかり。何か誘われてたでしょ?由美子さんお金持ちだから、独り暮らしの部屋とか持ってそうだもん。もう今日は帰るから」

「何でそんな勝手に、独り暮らしの部屋を持ってるとか変な風に想像するわけ?お姉さんが帰るのが遅いから、お茶でもどうですか?って。部屋に上がるのを断ったんだよ」

「だって・・・!不安なんだもん。私、地味だもん。由美子さんや・・・先生の奥さんみたいに美人じゃないもん私。ブスだもん、先生みたいな格好いい人は、ブスな私の気持ちなんか、わからないんだわ!」

「・・・」先生は黙ってため息をつく。

泣きながら駅に入ろうとする私を引き止め、車に乗るように先生は言ってくる。

半ば強引に車に乗せられた私は尚も抵抗して、降りると言い張るが先生は、私の座った助手席のドアのロックをかけてアクセルを踏み、無言で車を走らせた。

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